公開日 2025年11月25日
キラリ輝く 第5回【もっと高く!誰よりも高く跳んで!全国高等学校総合体育大会制覇スーパー高校生】との対談

全国高等学校総合体育大会(インターハイ)
棒高跳び 優勝
国民スポーツ大会
棒高跳び 2連覇
阿南光高等学校3年
井上 直哉さん
さらに高みをめざすスーパー高校生と岩佐市長が対談
キラリ輝くの第5回目は、 令和7年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)棒高跳び競技で見事優勝したほか、国民スポーツ大会を2連覇するなど輝かしい成果を樹立し続けるスーパー高校生、阿南光高等学校3年生の「井上 直哉(いのうえ なおや)」さんと対談させていただきました。
棒高跳びをはじめたきっかけや競技の魅力について、高校生活の思い出などいろんなお話をお伺いしました。
誰よりも高く!もっと高みをめざして輝かれているその魅力に迫ります!
対談

岩佐市長=岩 井上直哉さん=井
【岩】
本日は練習などでお忙しいところ対談の機会を設けていただきましてありがとうございます。
井上さんのこれまでのご活躍など、いろいろお話が聞けたらと思います。
よろしくお願いします。
【井】
ありがとうございます。よろしくお願いします。
【岩】
それでは早速ですが、井上さんの自己紹介をお願いします。
【井】
井上 直哉(いのうえ なおや)です。
阿南光高等学校に通っていて、年齢は18歳です。
よろしくお願いいたします。
【岩】
どこの学科に通われていますか。
【井】
産業創造科という学科です。
【岩】
そうなんですね。具体的にどのような勉強をされていますか。
【井】
産業創造科のバイオサイエンス系に所属しており、イシマササユリの継代(培養)などを行いました。
【岩】
なるほど。
自身でイシマササユリを培養して、植え付けをされていたんですね。
それでは、質問に移りたいと思います。
夏のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)の棒高跳びで優勝し、国民スポーツ大会では昨年に引き続いて今年も優勝され2連覇ということで、素晴らしい成績を収められたと思います。
率直に今の感想を教えてください。
【井】
率直に言うと、昨年のインターハイは5位入賞に終わってしまい、今年は5m30cm以上跳んで優勝するという目標を立てて練習に励んできました。結果として、それが達成できてとても嬉しいです。
国スポ(国民スポーツ大会)も、昨年は5m10cm跳んで優勝でき、今年は5m32cm跳んで大会新記録を樹立し、2連覇できて本当に嬉しいです。

【岩】
跳びあがるくらい嬉しかったですか。(笑)
【井】
そうですね。跳びあがりました。(笑)
【岩】
今回の大会では冷静に挑んで優勝したという感覚ですか。
昨年の国スポでは5m10cmを跳んで、今年のインターハイでは優勝、そして国スポで5m32cmを跳んで見事大会新記録を飾り優勝ということですが、去年の国スポで優勝したときの想いと、今年のインターハイと国スポを優勝したその想いとでは温度感っていうんですかね、やっぱり違いますか。
【井】
全国で初めて棒高跳びで優勝できたのが、昨年の国民スポーツ大会でした。そこで優勝したことで、陸上界から結構注目をいただきました。新聞とかにも載るようになって、多くの方から応援をいただいているなと感じ、この度の大会に挑んで優勝できたという感覚です。
棒高跳びが楽しくて、日々、株木先生と一緒に練習したことが自信につながりました
【岩】
なるほど。
例えば、それだけの応援を頂くと、プレッシャーに変わることはなかったですか。
【井】
僕は棒高跳びが楽しくて、日々、株木先生と一緒に練習してきました。
記録が伸びた一番の理由は、株木先生と二人で一緒に、棒高跳びの技術練習とかトレーニングをしてきたことだと思いますし、それが自信につながって、今回このような結果を残すことができたと思っています。
【岩】
ということは、プレッシャーに強い方ですか。
【井】
凄く人見知りなので、大きな舞台で何かを発表するとかはとても苦手なんですけど、スポーツとなったら緊張しないで他の選手たちと楽しく話し合って大会に挑めていますね。
【岩】
全国大会を含め、大きな大会に出場しているとよく似たレベルの選手が集まると思います。
その時は、ある程度仲良くしながらも競技に入ったら自分の世界に入るというような感じですか。
【井】
そうですね。
フィールドに立ったら、いつも通り練習してきたことを思い出して、助走からスタートして跳び始めるまでを行ってます。
その結果インターハイで5m31cm跳ぶことができたと思っています。
【岩】
なるほど。
では、そもそも棒高跳びを始められた理由ですね。陸上競技もいろんな種類があると思いますが、その中から棒高跳びを始められたきっかけを教えてください。
【井】
小学校1年生のときから柔道をしていました。出身中学校である羽ノ浦中学校に柔道部が無くて、部活をどうしようか迷っていました。
その中で、陸上部が目に留まり、体力づくり程度にやってみようと思い入部したのがきっかけですね。
それから株木先生に「棒高跳びをやってみたら」と誘われて、棒高跳びを始めてみました。
1年生のころは、棒の曲げ無しで2m50cmとかを段々と跳べるようになり、2年生から棒を曲げ出して跳ぶようになってから面白くなってきました。
【岩】
柔道が基本的にはメインだったけれども、体力づくりで入部されたということで、その観点からいうと、陸上入ったきっかけは走る競技があったからですか。
【井】
そうですね。走る競技が目に留まりました。

【岩】
昔から、短距離が得意とか、長距離が得意とかありましたか。
【井】
小学生のころは50m走で、クラスで2番とか3番でした。
【岩】
そうだったんですね。
短距離が得意な中で、もうちょっと体力面とかを柔道に生かすために陸上部に入られたってことなんですね。
その中で、今までの話の中でも出てこられる、いわゆる『キーマン』になると思うんですけど、「株木先生」という存在が大きいと考えています。
陸上部に入られた井上さんを見る中で、株木先生が棒高跳びの世界に誘われたと思いますが、井上さんに棒高跳びのセンスがあると見出されたきっかけを実際に株木先生から聞かれたりしていますか。
【井】
そもそも株木先生自体が、棒高跳びを全然知らない中で始まりました。
だから株木先生が上手な選手の跳ぶ動画などを見て、研究していただいて、株木先生の言う通りに修正していった感じですね。
【岩】
最初、「棒高跳びをやってみない?」って誘われたときってどう思いましたか。
【井】
中学生になって初めて棒高跳びっていう競技があることを知りました。
先輩とかが3mとかの高さを、棒を曲げて跳んでいる姿を見て、僕もそういう風に跳んでみたいなと思うようになりました。
5m以上の高さを跳んでマットに落ちるまでの空中に居る時間がとても楽しくて棒高跳びに夢中になりました
【岩】
棒高跳びを始めるきっかけもそうだと思いますし、また株木先生からのお誘いがあったからこそ、今の井上さんが棒高跳びの選手として活躍されるきっかけになったのではないかなと思っています。
棒高跳びを始められ、どんどんと楽しくなってきたと思うんですけど、実際棒高跳びをしていて、競技の魅力とか面白いなと思う瞬間ってどういったところにあると考えていますか。
【井】
そうですね。
僕は、棒一本で信号機くらいの高さを跳べるところが魅力だと思っています。
棒高跳びが一番楽しい瞬間っていうのが、5m以上の高さを跳んでクリアしてから、マットに落ちる瞬間があるんですけど、そのときの空中に居る時間がとても楽しくて棒高跳びに夢中になりました。
【岩】
跳んでバーを越えてからはだいたい仰向けで落ちるんですか。
【井】
そうです。仰向けで落ちながらガッツポーズをしたりしていますね。
【岩】
そこが気持ちいいんですね。
【井】
めちゃくちゃ気持ちいいですね。
危険なスポーツなんですけど、棒高跳びでしか味わえない快感です。
【岩】
バーを越えてから落ちるまでの間って長く感じますか。
【井】
記録を伸ばすたびにバーが上がっていって、落ちる時間も長くなっていきます。
なので、より棒高跳びに興味をもって研究しはじめて、だんだんと今も記録を伸ばしている感じですね。
【岩】
なるほど。
この間開催された世界陸上でも、アルマンド・デュプランティス(スウェーデン)選手が、最後に世界新記録を樹立して多くの人に感動を与えるなど改めてスポーツの持つ力を実感しました。
走高跳も同じかもしれませんが、わずかな違いでバーに引っかかり、横から見るとまだまだ余裕があるように見えたりもするし、きっとそれだけではないとは思うんですけど、距離がもうどれだけ離れるとか多分いろいろあるんだろうなと感じました。
さっきの話の中で仰られたと思うんですけど、ちょっとやっぱり危険な部分もあると思います。その辺は今まで競技やってて危ないなとか怖いなと思ったことはありますか。
【井】
昨年のインターハイで、初めて棒を折ってしまいました。
また予選の当日であったこともあり、余計にびっくりしてしまい、手もとても痛くて棄権しようかなとも思いました。
それでも心を強くして、大会に挑んだ結果、5位に入賞することができました。
【岩】
その厳しい瞬間を乗り越えたことで大きく成長して、またそこから後の結果につながっていくきっかけになったんでしょうね。
【井】
そうですね。
昨年の冬においては、スランプに陥ってなかなか踏み切ることができませんでした。
それでも、たくさんの応援してくれる人が居たことで、なんとかスランプを克服することができました。
【岩】
スランプを克服してまた跳ぶことが楽しくなってきた感じなんですね。
やっぱり楽しむということが大切なんだなと話を聞いていて思いますね。
また少し話は戻るんですけど、いざ競技ってなったときにはいつも平常心で臨まれているんですか。
例えば、「記録が掛かっている」とか、「これを跳んだら優勝だ」とか、そういう時でも割と普段通り跳べる感じですか。

【井】
そうですね。
大会に出場される他の選手と話をしたりして平常心を保っています。
インターハイでは、ほかの選手が脱落して自分一人になった時も、周りの選手とコミュニケーションを取ってましたし、他の選手からも「頑張れよ!」など声を掛けてくれました。
その声援のおかげで、最後5m31cmを記録することができました。
【岩】
なるほど。
そこら辺は、ライバルでもあるけれども良い仲間というか、最終は個人個人の力がどう出せるかになってくるので。
もちろん順位はあって勝ちたい気持ちはあったとしても、最終は自分の実力をどう出せるかという競技になるので、選手同士のそういった声の掛け合いというのは、個人競技ならではの光景ですね。
その応援を糧に実力を発揮できるのが凄いと思います。逆に応援されると「頑張らないと」って気負いし過ぎてガチガチになってしまうパターンもあるかなと思うので、そこを力に変えることができるっていうのも井上さんの力だなと感じました。
普段通りとか平常心を保つことができる秘訣ってなにかあるんですか。
【井】
株木先生がいつも付いてくれて、跳躍したあとに、タブレットで跳躍の状況を見せてくれていろんなアドバイスをくれます。
それが中学1年生から高校3年生までずっと続いていることなので、そのおかげで平常心を保てている気がしますね。
【岩】
そうなんですね。
株木先生もすごく熱心にご指導されているなっていうのは、見ていて感じているところではあります。改めて、株木先生が常にサポートをされていると思うんですけど、その先生への思いは何かありますか。
【井】
株木先生が居なければここまで記録を伸ばせていないと思っています。
阿南光高校に入って、陸上部が無かった中で、株木先生に棒高跳びがしたいですってお願いしたら、快く引き受けていただいたおかげで今の自分があると思っています。
なので感謝しています。
【岩】
そうだったんですね。
阿南光高校には陸上部がないとのことですが、練習は羽ノ浦中学校でされているんですか。
【井】
そうですね。
毎日ではないですが、羽ノ浦中学校で練習させてもらっています。
週3日から4日くらいで練習をしていまして、16時くらいに学校が終わったら移動して、最近だったら18時くらいまで練習してますね。
【岩】
暗くなったら危ないからね。今日は練習じゃなかったんですか。
【井】
今日は朝練してきましたので大丈夫です。
【岩】
次に目標としている大会はありますか。
【井】
全国大会はもう終わってしまいましたので、香川陸上競技カーニバルとか、徳島陸上競技秋季カーニバルとか、南部陸上記録会に出場する予定です。
【岩】
なるほど。
そこでは記録を伸ばすことを目標に出場される予定ですか。
【井】
そうですね。
今年の目標は5m42cmを跳んで棒高跳びの全国高校歴代記録第3位に入りたいと考えています。
一番の目標は3月までの高校在学中に5m52cmを跳んで高校生の新記録を樹立することです。
【岩】
高い目標を持って取り組まれていることは本当に素晴らしいと思います。
ぜひとも高校新記録をめざして残りあと半年くらいの中ですが、目標を達成していただきたいと思います。
今のところ手ごたえとしてはどうですか。
【井】
やっぱり練習を重ねないと絶対に跳ぶことのできない高さなので、冬季練習なども休まずに、先生のご指導をいただきながら頑張れば、高校新記録も見えてくるのではないかなと考えています。
【岩】
絶対に高校新記録を樹立させるという意気込みが聞けて嬉しいです。
その記録を目指す中で、いろいろと必要だとは思いますが、腕力とか走力とか、これから更に伸ばすとしたらどういうところに力を入れていかれますか。
【井】
僕の身長は、全国で見ると平均なんですけど、棒高跳びの全国のトップ選手や世界の選手を見ると、身長が1m90cm以上の選手がたくさん居ます。
なので、身長が低い分、助走のスピードとか筋力を付けて、エネルギーを最大限発揮して高く跳べるようにしていけば、トップクラスの選手と戦えると考えています。
【岩】
身体の使い方もいろいろあるだろうし、筋力を付けたことによって今までとはまた違う跳び方もできるかもしれないし、たくさんの可能性を見出してほしいと思います。
先ほども話に出たんですが、世界陸上で活躍されたデュプランティス選手を含めいろんな選手の跳び方を見られたと思いますが、世界で活躍する選手の跳び方を見て、自分の跳び方やイメージと重ねたりして、感じたこととなどありますか。

【井】
デュプランティス選手が6m30cmを跳んで世界記録を樹立させたのを見て、率直に感動しました。
僕自身は徳島県の中学校記録を保持していまして、それが4m50cmになります。
今、高校3年生で記録が5m35cmなので、大体85cmから90cm記録を伸ばしました。
大学に入って棒高跳びを続けて、そこから約1mを伸ばすっていうのは本当に難しいし、もっともっと頑張らないといけないとは思いますが、50cmとか60cmとか伸ばした記録であれば、僕と同じくらいの身長の選手でも跳ばれているので、まずはそこを目標に頑張っていこうとそういう気持ちになりました。
【岩】
ちなみに日本記録はどれくらいですか。
【井】
日本記録は、5m83cmです。
【岩】
そうなんですね。
ぜひ、高校生での5m52cmというのをクリアしていただいて、日本記録に近づいていけると思うので、これからも頑張ってほしいと思います。
次の質問なんですけど、光高校に入って棒高跳びに一生懸命取り組まれていますが、普段の学校生活との両立の部分で何か苦労されてたこととか思い出みたいなものってなにかありますか。
【井】
思い出でいうと、修学旅行です。
高校2年生のときに、北海道に修学旅行で行きました。
それと高校3年生の4月か5月で、大阪・関西万博に行ったことが思い出に残っています。
【岩】
北海道に行かれたのは夏ですか。冬ですか。
【井】
冬に行って、スキーとスノーボードをしました。
【岩】
スキーはできましたか。
【井】
初めてスキーをしたんですけど、たぶんできたと思います。
スケートボードをやっていたので、3時間くらいかけてだんだんとできるようになりました。
【岩】
すごいですね。
やっぱり運動神経が良いんですね。
ちなみに棒高跳びと勉強との両立はどうですか。
【井】
やっぱり陸上、棒高跳びだけではダメなので、勉強と部活の両立を頑張って、残り充実した高校生活を送りたいと思っています。
【岩】
棒高跳びの練習が終わったあと家に帰って勉強するタイプですか。
【井】
家ではあまり勉強をするタイプではないですね。
どちらかというと棒高跳びが好きなので、棒高跳びの動画を見て次の練習に生かすことを考えています。
【岩】
なかなか両立は難しいと思いますが、残り半年、両立をめざして充実した高校生活を送ってほしいと思います。
今回インターハイで優勝して、国スポでは2連覇を果たされたわけですけど、周りのクラスメイトとか友達とかの反応はどんな感じでしたか。
【井】
インターハイで優勝した時は、LINEとかで「おめでとう」とか「すごい」とかいろんな言葉をくれました。
【岩】
やっぱりそういう言葉は力になりますよね。
【井】
そうですね。嬉しかったです。
【岩】
例えば国スポとかの大会前とかでは、周りからの応援とかってありましたか。
【井】
そうですね。周りの友達からは「国スポ頑張って来いよ」って声を掛けてもらえたり、株木先生からは「練習通り跳んで来いよ」と言ってもらえました。
そのおかげで、国民スポーツ大会でこのような結果を取ることできたと思います。
【岩】
高校生活としてはあと5ヶ月ほどになると思いますが、棒高跳びの練習もそうですけど阿南光高校でのそうした学校生活も含めて、この2年半を振り返ってみてどうですか。
【井】
そうですね。充実していたと感じます。
不安もなく、阿南光高校で勉強もして、羽ノ浦中学校で棒高跳びの練習も続けられてとても楽しく過ごせています。
【岩】
わかりました。
残りの高校生活も満喫していただいて、自身の立てられた目標に向かって頑張っていってほしいと思います。
高校卒業後の進路は考えられていますか。
【井】
大学に進学して、棒高跳びを続けたいと思います。
今よりも練習も増えて、学ぶこともたくさんあると思うので、そこで頑張ってトップアスリートになれるように努力したいと思っています。

【岩】
ぜひ頑張ってほしいと思います。
そして日本記録を作っていただきたいとも思いますし、日本陸上の棒高跳びの選手としても活躍されることを願っています。
これからも棒高跳びを続けられるなかで、大学進学において県外に出られるかもしれません。それは井上さんが棒高跳びの選手として成長してく中で、必要なステップだと考えています。
その中で、井上さんの心のどこかに育ってきたこの阿南への思いっていうのもずっと持っていてほしいなと、私としての考えではあるんですけど思っています。
井上さん自身生まれてからずっと阿南市に居られているからこそ、良いところも悪いところもたくさん感じられていると思うんですけど、その中で、阿南市のここが良いところだなって思うところって何かありますか。
【井】
阿南市は自然豊かで、周りの近所の方とかもとても優しいところが、良いところだと思っています。
【岩】
いろいろ遊びに行ったりするところってありますか。
【井】
阿南市では、スケートボードをしに羽ノ浦健康スポーツランドに行ったりします。
【岩】
買い物とかはやっぱり徳島市内まで行かれますか。
【井】
そうですね。
【岩】
仰っていただいた阿南の良いところを、ずっと心の中に持っていてほしいと思います。
外に出たとしてももちろん行き来はすると思うので、阿南の良さっていうものを外からの目で見ていただいて改めて感じてほしいなと思います。
これからの井上さんの人生の中で、当然陸上とか棒高跳びをずっと続けていくと思うんですけど、そうなってきたら、なかなか県内の企業とかで就職するにしても棒高跳びができる環境があるかっていうことも一つ選択肢になるとは思います。
こういったことも含めてにはなるかもしれませんが、これからの阿南市がどういった市になってほしいなとかってありますか。
【井】
そうですね。
スポーツの面で言ったら、僕自身ももっと棒高跳びで活躍して、そういったいろんなことで発信をしていくことで、「スポーツで有名になる」そんな阿南市になっていけばいいなと思っています。
【岩】
JAアグリあなん陸上競技場(南部健康運動公園陸上競技場)でも、棒高跳びってできましたよね。

【井】
できますね。
僕自身も2~3回ほどですがさせてもらいましたし、年に1回は大会に出場しています。
【岩】
そうなんですね。
あそこの陸上競技場で棒高跳びが頻繁に行われるような、そんな阿南市になればいいという感じですかね。
【井】
そうですね。
そうなってくれると嬉しいです。
【岩】
またそのときは、アスリートとしてもそうだろうし、また先々では指導者というような形でも携わってほしいと思います。
それこそ今度は、井上さんが株木先生の役になって、後進の指導に尽力していただいて、棒高跳びの普及に努めてもらえたらいいなと思います。
それでは、最後の質問になりますが、インターハイや国民スポーツ大会での優勝というのも一つの輝きだと思いますが、井上さんにはまだまだ輝いていただきたいと思いますし、それは記録だけではないと思っています。
その中で、井上さんはこれから自分の将来像として、どんな風にキラリと輝いていきたいと考えていますか。
【井】
やっぱり輝くためには、大学でも結果を残していくことが僕自身大事だと考えています。
その中で棒高跳びでは、U(アンダー)20の世界選手権があるので、そこに出場し優勝したいと思います。
そして「キラリ」と輝いて、多くの人に知ってもらえるようになるためこれからも頑張っていきます。
【岩】
陸上競技なので、しっかりと記録を重ねていただきたいと思います。
また、井上さんのこうした記録や成果の積み重ねによる輝きは、阿南市にとっても誇りです。これからもケガや体調管理に気を付けていただき、どんどんと記録を伸ばしていってください。
本日はお忙しい中ありがとうございました。
これからも頑張ってください。応援しています。
【井】
こちらこそありがとうございました。
これからも頑張ります。
※この度の対談に際して、阿南光高等学校の皆様にご協力をいただきました。



