広報あなんアーカイブス

公開日 2014年07月10日

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【昭和33年10月1日】 かつては霊柩車事業を実施していた 
                           

  しばらく中止していた市営霊柩車事業を再開します―。
 当時はまだ民間の葬儀業者がなかったのでしょうか。
 霊柩車使用料は1回1,000円で、火葬場使用料は市内居住者で12歳以上が1,000円、12歳未満が700円でした。

市営霊柩車運行開始のお知らせ!!(90.3KBytes)

 

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【昭和33年10月1日】100日連続で1日平均4頭が上陸! 

                       
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 蒲生田海岸は、日本のウミガメ研究の発祥地の一つで、昭和29 年から60年間にわたり、毎年上陸・産卵調査を続けている世界で唯一の海岸です。
 蒲生田小学校科学部が調査を始めた昭和29年から5年間の記録が掲載されています。それによると、4月から9月の6カ月間の上陸数は毎年100頭を超え、最も多い昭和33年には392頭を記録。5月23日以降100日連続で平均4頭を記録したと伝えています。
 そのほかにも、「何月に多く上陸するか」「水温・気温との関係」「堤防からどのくらいの所に産卵するのか」など、上陸との因果関係をくわしく調べています。
 ウミガメをこよなく愛した先人たちの研究活動を受け継いだ子どもたちの熱意は、地域住民や椿町中学校の生徒に受け継がれ、途切れることなく61年目の足跡を刻んでいます。

海亀の研究(612KBytes)

 

 

【昭和33年10月1日】 阿南市の紋章が決まる!
     
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 北は仙台、南は九州の各府県から応募があった219点の作品の中から、1次、2次審査で7点の優秀作品が選ばれ、9月30日開会の市議会で審査した結果、片山万朗さん(静岡県犬居局区内坂下=当時)の作品が最優秀作品に選ばれました。
 阿南の字を「あ南」として最も美しく合体図案化されており、また、市の地形である海あり山あり、波より昇る旭日は、新市の円満なる発展を表し、市民の融和と団結を象徴するものであるとして、大多数の賛意を得て阿南市の紋章に採用されました。
躍進阿南市の紋章決る(194KBytes)

 

 

【昭和33年9月1日】 どうすればメートル法に一日も早く慣れるか!
               


 タイトルからして、その切実さが伝わってきます。
 昭和34年1月1日(広報発行から4カ月後)に、長さ、重さ、容積、面積を表す単位が、「尺貫法」から「メートル法」に変わるのを前に、1日も早く慣れてもらおうと、換算表や略字などを掲載して、普及を呼びかけています。
 メートル法は、1795年にフランスで度量衡単位系として制定された国際的な単位系です。1875年に国際条約で全世界の単位をメートル法に統一することが決まり、日本も、明治19年(1886)にこの条約に加入しましたが、当分の間は尺貫法とメートル法の併用が続いていました。メートル法への転換は、市民生活に予想以上の混乱をもたらしたようで、普及するまでに相当な時間を要したことが伺えます。ちなみに、昭和41年の改正「計量法」により、尺貫法による定規や升などの製造販売が禁止され、メートル法一本になりました。
 日本でメートル法が用いられて55年。農業や建築業などでは、今も尺貫法による表現を耳にすることがあり、県民手帳にも計量単位換算表が掲載されています。
どうすればメートル法に早くなれるか!!(293KBytes)

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【昭和33年8月1日】 ノークラクション運動が推進されていた

     
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 阿南警察署交通課から「ノークラクション運動の実施」に関する啓発記事が掲載されていました。
「ノークラクション運動はなぜ必要か…。自動車の警笛や広告放送などの騒音が絶えず、日増しに激しさを増して人々をイライラさせています」と書かれています。
 当時は道幅が狭く、軒先に陳列台や広告物などが放置され、交通の妨げになっていました。ドライバーは警笛を鳴らし危険を知らせる一方で、それらが平穏な市民生活に悪影響を及ぼしていました。市民のイライラの原因は身近なところにあったようで、広報では交通障害物の除去とラジオやマイク等の騒音が他人の迷惑になっていないか、注意喚起しています。道路環境が整備された今では考えられない運動です。
ノークラクション運動について(54.2KBytes)

 

 

【昭和33年8月1日】 阿南市の市章を公募

     
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 阿南市誕生を記念して、市を象徴する市章を制定するため、一般市民および他町村の希望者から市章のデザインを広く募集しました。
 募集期間は9月15日まで。総務課が担当しました。
 さて、どのくらい作品の応募があったのでしょうか。
阿南市々章募集(78.0KBytes)

 

 

【昭和33年6月1日】 阿南市の船出 部長ポストはなかった!?
     
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 広報あなん第1号は、市制施行された翌月の昭和33年6月1日に発行されました。大きさはA4判で、両面1枚。澤田 紋初代市長の就任挨拶や阿南市議会議員名簿(36人)などが掲載されています。
 注目したのは5月1日付けで発令された「組織機構」。総務課、戸籍課、財政課、農林水産課、商工観光労政課、税務課、会計課、民生課、土木課、水道港湾課、保健課の11課に、教育委員会(総務課、学校教育課、社会教育課)と、議会事務局、農業委員会事務局でした。当時は「部」はなく、もちろん部長ポストもありませんでした。ちなみに「部」が創設されたのは昭和48年からです。

広報あなん第1号(620KBytes)

 

お問い合わせ

企画部 秘書広報課
TEL:0884-22-1110

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