平成22年3月 阿南市の名誉市民

公開日 2010年03月01日

 市民の皆さまはあまりご存知ないかもしれませんが、阿南市には3人の名誉市民がいます。
 第一号は、紅露みつ氏。徳島県が生んだ日本初の女性国会議員です。女史は、1893(明治26)年、群馬県に生まれ、東京神田女学校卒業後、雑誌記者となり、昭和になって間もなく、新聞記者をしていた兄の友人だった紅露昭(桑野町出身)と結婚。5期連続衆議院議員を務めた夫が、公職追放に遭ったため、その“身代わり”として立候補、当選。衆・参両院議員として23年間に亘り、国会で活躍されました。
 一人息子を戦争で亡くしたことで「戦争のない世の中に」を信条とし、売春防止法、酒に酔って公衆に迷惑をかける行為等の防止法(酔っ払い法)の制定、老人福祉法、母子保健法などの成立に尽力されました。また、国会の委員会委員長、政務次官の女性第一号にもなりました。
 二人目は、初代阿南市長・沢田紋(あや)氏。1912(明治45)年、日開野町に生まれ、早稲田大学法学部中退後、富岡町収入役、町長を務め、昭和33年5月、阿南市発足により初代市長に就任、12年間にわたって市の基礎づくりに献身されました。(旧)神崎製紙、国立工業高等専門学校、県立工業高校等の誘致や、各産業の振興に努め、阿南市発展に偉大な足跡を残されました。
 市長退任後も、社会福祉協議会会長、阿南信用金庫理事長等の要職を歴任され、ふる里阿南市ひと筋に、その人生を全うされました。
 三人目は、日亜化学創業者・小川信雄氏。1912(明治45)年、長生町出身。徳島高等工業学校応用化学科製薬部(現在の徳島大学薬学部)に入学し、同校最初の陸軍衛生部依託生徒となり、陸軍薬剤将校として従軍。復員後は新野町に日亜化学の前身である「協同医薬研究所」を開設。阿南市民が誇る“世界の日亜”の礎を築かれました。
 日亜という社名に込められた創業者の思いを『日亜50年のあゆみ』からご紹介します。
日亜(NICHIA)は、日本の日(NICHI)に、隣国のアジア(Asia)・アメリカ(America)・オーストラリア(Austraria)の「亜」(頭文字A)を表しており、日本を中心に四海仲良く肩を並べて発展していこうという思いを表徴させたものであり、世界に視野を広げ、100年後にも存続し、活躍している会社でありたいとの思いが込められた社名だそうです。
 創業者、小川信雄氏の慧眼(けいがん)と物づくりの信念は、今、世界を席巻しています。
 阿南市の若者、子どもたちが三人の先達を目指して頑張って欲しいものです。

 

阿南市長 岩浅 嘉仁

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